どっちに転ぶかはわからなかった。もしダメな方に転べば、私は泣くだろう。傷つき、立ち直れないかもしれない。でもそれでもよかった。私は何も伝えず一人苦しみを抱えるより、ダメだとしても気持ちに白黒つける方を選んだ。
不思議なことにチョコをあげようと決めてからは、毎日が楽しくなった。まるでチョコをあげれば自分の思いもあの人に届くはずだとでもいうかのように。
私は授業中もどんなチョコを作ろうとか、いつチョコを渡そうかとあれこれ想像した。チョコを渡したらあの人はどんな表情をするだろう。驚くだろうか。いつもの暗い目が喜びで輝くだろうか。そのときの顔を想像するとバレンタインデーが待ち遠しくなった。
私は休みの日にチョコを作る材料をデパートで買い揃え、試しに一度家で作った。生チョコは中学生のときにも作ったのですぐやり方を思い出した。もう一つのチョコマフィンは初挑戦だった。ネットのレシピを見ながら慣れない生地作りに悪戦苦闘した。でもあの人にあげることを思うとそれも楽しかった。
台所でチョコを作る私を見て、母は「また男の子にあげるの?」と言った。母はまさか学校の先生に作っているとは思わなかっただろう。私は母の質問に「まあね」と曖昧に返事をした。
バレンタインデーは火曜日だった。その前日、私はいつもより一本早い電車で家に帰って、チョコを作った。試し作りをしていたのでレシピは頭に入っていた。出来上がったマフィンを母に食べてもらうと、「おいしい」と太鼓判をもらった。準備は完璧だった。あとは明日が来るのを待つだけだった。
その日は五限目に世界史の授業があった。私はチョコを机の引き出しに入れていた。渡すなら授業が終わった後しかなかった。あの人はいつもと変わらずチャイムと同時に現れた。
今日がバレンタインデーと知ってか知らずか自分はそんなものに一切関係がないという顔をしていた。人気のある先生の中には生徒からいくつもチョコを貰うことが珍しくなかったが、はたしてあの人はどうだろう。
小さな声でベトナム戦争について話すあの人の姿からはチョコを貰う絵は浮かんでこなかった。でもそれでいいのだ。あの人にチョコを渡すのは私一人で。あの人の魅力を知っているのは私一人で。他の人にはあの人にチョコをあげる資格はなかった。それがあるのは私だけだった。
【前回の記事を読む】「じゃあ、気をつけて帰ってね」...それは一人で帰れという意味だった。あの人に触れられたら、簡単に燃え尽きてしまいそうだった私の体は一気に冷たくなった。
次回更新は1月6日(月)、22時の予定です。
【イチオシ記事】ホテルの出口から見知らぬ女と一緒に出てくる夫を目撃してしまう。悔しさがこみ上げる。許せない。裏切られた。離婚しよう。