母子家庭だというと、周りの人は決まって「大変だね」と言う。でも、生活面で困ることは何もないので、私の中に「大変」という感覚はなかった。また、父がいないことで寂しい思いをしたこともなかった。私にとって父がいないのは特別なことではなく、すでに当たり前のことだった。
来年には父と過ごした時間と、父と過ごさなかった時間の長さは同じになる。そしてこの先、父と過ごさなかった時間はどんどん伸びていくのだ。いつだか晴美に「お父さんに会いたくならないの?」と言われたことがある。
私はそのとき「別に」と答えた。けして強がったわけではなかった。積極的に「会いたい」とも思わなかったし、かといって「絶対会いたくない」とも思わなかった。「別に」というのは率直な私の気持ちだった。
確かに父と会えるのであれば、会うかもしれない。向こうがそれを求めてくれば断りはしないだろう。でも、それがなければこの先会うことはないだろう。少なくとも自ら父を探して出してまで会いたいというエネルギーは生まれなかった。私にとって父はその程度の存在だった。
私は薄情な人間なのだろうか。父と会いたいと思わないのは心が冷たいからなのだろうか。あるいは本当は会いたいという気持ちがあるのに、母に遠慮する気持ちがそれに蓋をしているのだろうか。正直よくわからない。
ただ、日常生活の中で父を思い出すことがほぼないのは事実だった。私にとって父は家を出て行った人、今の生活には何も関係がない人だった。
一ヵ月は長かった。私はその間、図書館で本を読むか、家で映画を観たり、勉強したりして過ごした。しかし、あの人のことを考えない日は一日もなかった。あの人に会えないことが逆にあの人への思いを強くした。
私は毎日寝るとき、これで明日になればあの人に会える日が一日近づくのだと思った。私は早くあの人の授業を聞きたかった。かき消されそうな声に耳を澄ましたかった。
孤独はあの人を思うことで癒され、同時に深まった。夏休みが終わる頃、私は夏休みがはじまったときよりもあの人を好きになっているだろう。そしてその予想は一か月後現実になった。