第二章 小窓尾根

川田もザックを下ろしながら「こんにちは」と挨拶を返した。「どこからこられましたか」と訊かれたので、一,四〇〇メートルの肩からですと答えた。

「そちらは、一,六〇〇メートルピークからですか」と、川田が聞いた。

「ええ、寝坊してしまってね。ラッセルもきつかったからなかなか進みませんでした。ワカンも持ってきてないもんで」

先行パーティーの二人のうち、年長者の方が自嘲気味に言った。しかし、そんな会話には気にも留めず登攀の準備を始めた鬼島につられ、川田もザックに手をかけた。

まずブーツからワカンを外しハーネスを腰に装着する。一本ずつ持参した八·二ミリメートル径、五十メートル長のクライミングロープを出し、カラビナや、スリングなどの登攀用具も取り出した。そしてブーツにアイゼンを装着し、防寒用の目出し帽を被り、その上からヘルメットを被った。

登攀のため、それまでザックに括りつけてあったピッケルとバイル(ハーケンなどを打つハンマー部分を兼ね備えたピッケル)を取り出し、ピッケルはハーネスのピッケルホルダーにかけ、バイルを手に持った。

鬼島と川田がすっかり準備を終えると、登攀を始めていたはずの先行パーティーのうちの若い方が引き返してきた。

「あの、どちらから越えるんですかね」鬼島の動きが止まった。