第二章 小窓尾根
川田は自らの身体と岩壁を繋いでいるセルフビレイを外し、支点として使っていたスリングやカラビナを回収し、そして「登ります!」とまた鬼島にコールをしてニードルの絶壁に向かってトラバースを始めた。
川田は、鬼島のつけたトレースを慎重にたどった。雪壁の中に鬼島のつけたスタンスを探し、それにアイゼンの前爪を蹴り込み、そろそろと横ばいを続けた。壁がえぐれている悪場は鬼島を真似て同じように上部にバイルを打ち込み、大きく足を広げてクリアした。
ニードルの基部を回り込むと雪壁の傾斜は緩み、何とか二本の足を地べたにつけて歩ける稜に出た。
鬼島は太くしっかりした潅木を使って支点を作り、川田をビレイしていた。川田が鬼島のもとにたどり着くと、鬼島は川田を確保していた確保器からロープを外し、ビレイを解除した。そして、ロープを畳みにかかった。ここから先はまた二足歩行が可能で、ロープを伸ばす必要はない。
畳み終わったロープをザックに括りつけ、先を急ぐ。そろそろ夕刻も近いので、今晩のテント場を確保しなければならない。目の前には次の難所である「ドーム」と呼ばれるピークが聳えているが、登攀ラインは一旦下っていた。
下りきったところでニードルを振り返ると、鬼島と川田がニードルの前で抜かしたパーティーが、鬼島が引いたトレースを丁寧になぞるようにトラバースを始めていた。
「あいつら大丈夫ですかね」と川田が言った。