鬼島は「さあな」と、今や後続となったパーティーの登攀ぶりに一瞥をくれただけでドームの登りに取りかかった。
ドームの登りは急な雪壁となっているが、鬼島と川田の技量であればロープを出すまでもなかった。数十メートルの登りで広いドームのピークに達した。ここが計画どおりの今晩のテント場だった。
今朝の予想では夜半から一時的に天気が崩れる。ドームの頂上は風が吹き抜けるので、頂上から少し下がった場所にテントを張ることにした。昨夜と同じように山用の軽スコップを取り出して雪面を整地し、その上にテントを張り、夜半の強風でテントが飛ばないように、ピッケルとバイルを雪面に突き刺し紐を結んでテントを固定した。
テントを張り終え、昨晩と同じようにタワシで身体についた雪を丁寧に払っているところで、先ほどのパーティーの一人がこちらに近づいてきた。
「すんません。スコップ貸してもらえませんかね」と言った。
その声の張りといい、よくよく見ればずいぶんと若い風貌であった。しかしこの厳冬期の剱の山域で、スコップも持参していないとは準備が悪すぎる。
「あんたら、スコップ持ってないの?」
鬼島が半ば呆れた声色で言うと、若者はニワトリのように首をぺこぺこと動かしながらすまなそうに「はあ……」と言った。鬼島は顎をしゃくってテントの脇に差し込んであるスコップを示した。
「それを使えば良いけど、しかし、あんたら舐めすぎだぞ。ここは剱岳だ。八ヶ岳や南アルプスとは雪の量が違う。わかってんのか?」