「ごめんなさい。その動きですが、お母さんにとっては、長くしていなかった動作で、忘れていて、ふっとしたことで、今回の動きを試したら、動いたということであって、新たに動き始めたということではないのです」
私の期待していなかった方向にどんどん導かれていく。そして完全に否定された。私の思考が一瞬で散らばり、そのあと急停止して、行き場を失ってしまった。
行き着くところまで行くと、すべての思いが再び集まり、療法士の指摘にほぼ納得してしまった自分がいて、反対に鎮めることができない無分別な怒りが、湧き上がってきた。
「夢を壊さないでほしい。もう少し様子を見ましょうとか、頑張って、もう少し動くようになったら、担当医と相談しましょうとか、その上で今まで通り、リハビリを続けて行くという方法とか、もっと言いようがあるでしょう。とにかく間違っています。二人の希望をつぶさない、いろんな方法があったと思います」
自分で喋りながら、私の言葉はひどく乱れていると思った。京子が聞いているのは分かっていても自分でも抑えることができない。非道などうしようもない力になって発散された。
「あなた方にとって、ALSが快復に向かうということ自体、不可解ということでしょう。治る可能性はゼロ。でも京子は挑戦しているんです。今、できることは病に挑むしかないと」
京子は、医療従事者に自分のできる感謝のしるしとして、精一杯のことをしていたのだというとっさの思いが、私の頭に浮かんだ。
「ごめんなさい。お母さんから頼まれたから説明しているのであって、夢や希望を壊そうなんて、とんでもないことです。本当にごめんなさい」
本当は、そのことを責めているのではなかった。その時、私の苛立ちが勝り、どこにも持っていきようのない、行き場を失った感情が、破裂寸前になっていただけだった。その中で、とっさに妻の気持ちを汲み取ろうとして、自分の心の処理ができない状態になっていたに過ぎない。
京子はみんなの期待に応えて、病気を治そうとして、挑戦していた。それを静かに見守って、続けさせてやりたい。京子から告白された時に、そう素直に考えておくべきだった。私は、久しぶりに奮い立っていた。
私は目の前で、しおれていく孫のような年齢の若い作業療法士の姿に気付いた。もう黙って聞くしかなかった。私は観念した。
暫くして、療法士も傷ついた顔で、部屋から出ていった。