ALS

ある日、私が病室に入りカーテンをくぐると、京子がメラをくわえたまま、五十音字表を立てる間も与えず、舌打ちするリズミカルな音を立てて喋る合図をした。

私は慌てて、収納箪笥に引っ掛けている五十音字表を取った。すでに京子は口パクを始めていた。その早口の口パクが読めた。

「右アシ見テ」

「え!」

「左アシ、見テ」

「え!」

京子は黒目を右方向から左に動かして、嬉しそうに深い瞬きをした。私は五十音字表を布団の上に置いて、急いで勢いよく京子の足の布団を折り曲げた。

「……」

京子が何かを言った。長文になると、五十音字表を使うしかない。折り曲げた布団の下から五十音字表を抜き出し、目の前に素早く立てた。

「気持チヲ、集中サセテ、力ヲ、入レルヨ」

京子の枕もとで言葉の解読をしてベッドの足元を見た。薄オレンジの花柄模様のパジャマの脛が、わずかにユラユラと揺れていた。

「おおー。おおー」

再び足元に行き、パジャマをまくり上げ、動いている箇所の確認をした。日光に全く当たっていない白くて、とろんとした脛が現れた。

「動イタ? 動イタ?」

短文だと遠くからの方が、京子の口パクがよく読めた。今度は両足から左手へと順番にして見せた。

「おおー、すごい」