僕の大学デビュー天下取り物語
福山のえびす顔がニヤついてるように見えたという超絶理不尽理由で、そのヤンキーは福山の胸ぐらを掴んだ。ヤンキーというのは、いつだって理不尽で傲慢だ。
その瞬間だった。僕はとっさに、胸ぐらを掴んでるそのヤンキーの手を掴んだ。
自分でもビックリした。考えるよりも先に体が勝手に動いたのだ。
「え? なに、この手?」
ヤンキーが目を丸くしてこっちを見てる。
「誰の手、勝手に掴んでんのお前?」
ヤンキーが笑みを浮かべて口元をピクピクしながら、キスくらいの距離に顔を近づけてくる。
そのとき、僕は気がついた。このヤンキーに見覚えがあることに。
あの金髪坊主との喧嘩のとき。隆志が仲裁と言って、連れてきた地元のヤンキーの友達。最後にトドメの一撃で僕を気絶させたヤンキー。こいつはそのヤンキーだ。
確かに覚えてる。信じられないくらい細い眉毛に、キツネのような目。今は茶髪から金髪にはしているが、鳥の巣のような髪型。向こうはどうやら全く僕には気がついていない。ただの歯向かってきた陰キャラだと思っているのだろう。
「やんのか?」
ヤンキーは福山から標的を変えて、僕の胸ぐらを掴んできた。
すぐに謝ろう。そう思うと同時に僕の頭には、今までのことが駆け巡っていた。金髪坊主にボコボコにされたこと、隆志にダサいと言われて何も言い返せなかったこと、試合で手も足も出なかったこと、昨日谷岡さんとのスパーリングにビビったこと。
このままでいいのか。僕はこのままずっと逃げ続けていいのか。また逃げるのか。
そして、ふとこんなことも思った。今ヤンキーが胸ぐらを掴んでるこの手。僕が力を込めたら、これ簡単に外せるんじゃないかと。
気がつくと僕はヤンキーの手を握り、力を込めていた。その手は思った通り、簡単に僕の胸ぐらから外れた。
そういえばボクシングをしながらも始めていた筋トレのおかげで、ベンチプレスなら九十キロ上げられるくらいに筋肉はついていた。
「……てめえ!」
ヤンキーが僕の胸をドンっと突き飛ばした。後ろに下がると同時に、僕は無意識にボクシングのファイティングポーズを取っていた。
ヤンキーも村崎も福山も、急にファイティングポーズを取った僕を、目を丸くして見つめている。
「え?」
誰の「え?」かは分からないが、確かに聞こえた。大学近くのコンビニ前で、急にファイティングポーズを取った僕に対する「え?」だ。
「来いよ」
嘘みたいなセリフが勝手に口から出てきた。もう僕は止まらない。小刻みにボクシングのステップを始める。