「…竹下君はそんなヤツじゃないと思いますけど」
「え?」
「なんかホントに事情があったんやないっすかね」
「ねえよ、ビビったんよ」
「ビビんないでしょ、そんなことで!」
思わず、語気が強まった。竹下君は僕の憧れなんだ。年下で、高校生だけど、僕の一番欲しい「強さ」を持っている、僕の憧れ。
「なんや、お前……」
初めての僕の反発に谷岡さんの目が一瞬で鋭くなる。会長も驚いたようにこちらを見ている。
「いや、その……」
我に返ってしどろもどろする僕に谷岡さんが近づいてくる。
「今からスパーリングするか? 竹下の代わりに、お前が」
谷岡さんの突然の提案に心臓がビクっとなった。鼓動が早くなる。
「それは……」
僕が固まっていると、会長が口を開いた。
「スパーリングはいい。練習しろ」
谷岡さんはフンっと僕を鼻で笑うと、そのまま練習に戻った。僕は会長の助け舟に内心ホッとしたと同時に、すごく情けなくなった。もはや僕はあの喧嘩のときみたいに、戦う勇気すらなくなっているのだ。
帰り道、連絡先は知っていたので竹下君に電話した。竹下君いわく「彼女ができたんで、辞めます」とのことだった。電話の最後に、「木本さんは頑張って下さい」と言われたが、僕はもうボクシングを辞めようと思っていた。次にジムに行ったとき、会長に言おうと。
ただ、次の日。立ち直る瞬間というのは思いもよらずにやってきた。
それは大学の帰り道に起きたある事件だった。
大学の帰りに村崎と、村崎の友達の一人で僕も最近仲良くなった福山とコンビニでアイスを買い、コンビニの前で食べていた。どんな流れで何を言ってたかは全く覚えてないが、福山の変なセリフが、なぜかツボにはまり、僕と村崎は爆笑していた。福山も僕らが笑うものだから調子に乗って変なセリフを連呼していた。
笑っていると、駐車場に停まっている青のイカつい車から、ジャージに金のネックレスをした、明らかにTHEヤンキーと分かる男が降りてきた。
「うるせーよ、お前ら。電話しようんや、こっちは」
「あっ、すいません」
福山が慌てて謝ったが、ヤンキーは止まらなかった。
「アホやないか、お前ら。なにがおかしいんや?」
「いや、すいません……」
「なんニヤついとんや、おらあ!」
【前回の記事を読む】一年ちょっと血をにじませながら、練習してきた僕の右ストレート……
次回更新は12月26日(木)、18時の予定です。
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