「車の調子はどうですか? 気に入ってもらえましたか?」
「とても調子いいよ。買ってよかった。でもそれがきっかけで、会社に希望を伝えて子会社に移り中古車販売を担当するようになったんだ」
「驚きました。僕からすると自分から希望して子会社に出向するなんて贅沢な話で信じられない気がしますが、なんとなく理解できる気もします」
「どういうこと?」
「角野さんが、本当に車がお好きなんだということは、TYPERに乗っていただいたときにすぐに分かりました。そういう角野さんだから、本当に車が好きな人に安くてもいい車を売りたいんじゃないかなと思いました。でもどうして沖縄なんですか?」
「実は、張り切って大阪に行ったのはいいんだけれど、家族と離れ、知らない土地で言葉や習慣も合わず、精神のバランスを崩してしまい、全く車を売れない状態になってしまったんだ。それで4人しかいない沖縄の浦添営業所に左遷されてきたんだ。一応、所長代理だけれどね」
「じゃ、栄転じゃないすか?」
「出たね、ないすか?が」
「すみません。つい嬉しくて」
「どうして亀井君が嬉しいんだい」
「僕は車を売るとき、買ってくれた人が少しでも幸せになって欲しいといつも思っています。だから角野さんの栄転が嬉しくって」
「それはいい考え方だ。いいと思う。まぁ、実際には栄転とは程遠いけどね」
「さて、久しぶりに電話して突然で驚くと思うけど、沖縄に来て一緒に仕事しないか?」
「いいですね。ぜひ」
「えっ、即決? 僕の方が驚いたよ」
「角野さんがなんの用もなく電話かけてくるはずがないと思って、そういう話じゃないかなと考えながら話を聞いていました」
「随分、勘がいいね」
「僕は他のことはともかく、人の気持ちを推し量ることは上手いみたいです。だから、買う気はない、とおっしゃった角野さんがシビックTYPERを試乗された瞬間に、これは購入されると思いました。今も話しぶりでなんとなく」
「なるほど。それにしても重要なことを簡単にすぐに決めるので驚いたよ」
「簡単ではありませんが、車を買っていただいたときからいつかこんな日が来るかもしれないという予感めいたものはありました。それに僕はまだ独身だし、家族持ちの角野さんよりはずっと気楽ですよ」
亀井君にそう言われて思い切って声をかけて本当によかったと思った。こんな奇跡みたいなことがあるなんて、精神的に不安定で営業成績も落ち込んだ状態で沖縄まで来たけれど、前向きにやっていけそうな気がしてきた。
【前回の記事を読む】「繰り返しになりますが、沖縄の人はそんな細かいことは気にしません...名刺も所長で作ってあります。」沖縄スタイルにたじたじ。
次回更新は12月24日(火)、8時の予定です。
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