少し遅い時間だったが、久しぶりに琴音の顔を見ながら話をした。珍しく同僚と飲んで楽しい気分だと伝えたが、女性と2人だったとはさすがに言えなかった。少し元気そうになってよかった、正月に帰ってきたときは元気がなくて、とても心配だったと言われた。

翌日、出勤して机に座ると、水島夕未がさっと近寄ってきて他の人には気づかれないように「昨夜はご馳走様でした。楽しかったです」と声をかけてくれた。なんとなく朝から少しだけ気持ちが和んだ。でも、やはり仕事が始まると上手くいかないことの連続で空回りしてしまう。

結局、帰る頃にはいつもと同じような暗澹 (あんたん)たる気分になっていた。前向きの気分が長続きしない。根本的な問題が解決されていないのだから当然だ。

その次の日も、そのまた次の日も同じような繰り返しで、おまけに天気も悪く外は冷たい雨が降っていた。さらに深く気分が落ち込んだ。帰ろうと思って営業所の出口のところに行くと、水島夕未が空を見上げて入り口のところに立っていた。

帰らないの?と声をかけたら傘がないという。営業所にはもう他の人もあまり残っていないようだ。大きめの傘を持っているし、方向が途中まで同じだから一緒に帰りますか、と聞いたら水島さんは嬉しそうに「お願いします」と言う。

その様子を見ると暗く沈んでいた気持ちが少しだけ救われる気がした。一つの傘で濡れないように2人で歩いて彼女のアパートの方に向かった。途中で水島さんが腕を絡めてきた。

誰かに会うといけないからと伝えたが、そう言われた彼女は絡めた腕に逆に少し力を込めた。15分くらい歩いて彼女のアパートの前に着いた。

「それじゃ、おやすみ」

「夕食まだですよね。お作りしますから、私の部屋に上がってください」

「ありがとう。でもそれはやはりまずいので、コンビニでお弁当買って帰るよ」

「そんなものばかり食べていたら病気になります。最近、角野さんが元気ないのは栄養があるものをバランスよく食べていないことも関係あると思います」

「それもあるかもしれないけれど、水島さんみたいな魅力的な人に美味しいご飯を作ってもらったら、大人しく帰れないかもしれない」

「私はその方が嬉しいです。ぜひ食べていってください」

「そんなわけにはいかないよ。せっかく誘ってくれたのに申し訳ないけれど、大人しく帰ります」

「そうですか。残念ですけど、仕方ないです。おやすみなさい」

そう言われてホッとする気持ちと残念な気持ちが交錯してしまった。コンビニで弁当を買ってアパートに帰って一人で食べたけれど、今夜はいつもにも増して味気ない。

【前回の記事を読む】「ちゃんとご飯食べていらっしゃいますか?」こんなに優しい言葉をかけてもらったのは、大阪に来てから初めてだった。

次回更新は12月10日(火)、8時の予定です。

 

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