「彼がマザコンで、なんでも母親の言いなりだったの。二年以上もお付き合いしながら母親に私のことを話していなかったのね。だから彼が追い詰められて、結婚の話を初めて母親に話した時、『貴方のお相手は母が決めます』と一言ピシャリと言われてしまい、彼は反論も出来なかったということです」
「昔を思い出させましたね。でもどうして今回、決断されたのですか? 決め手は何だったのですか?」陽子は犯罪人の取り調べのように、次々に質問を浴びせた。
「お見合いの席上で、彼に『山形家を守ってくれること、そして貴女は自由に趣味に生きてくれていいのです。私の身の回りや家事全般は家政婦さんがやりますから』と言われたの」
「自由、そして趣味に生きる。何か映画のストーリーにあるみたいね」
「トラウマの一件があったから、特に趣味に生きるというフレーズに惹かれました。一般的な主婦に課せられている、炊事家事全般から解放されることは魅力でした。でもその時は障害者の将来のことや一つの屋根の下に女が二人いる違和感に気が回らなかった」
「家政婦さんはおばさんなの?」
「山形家の親戚に当たる人で、私より五歳ぐらい上だけど、独身で小柄だから、若く見えるわ」
美代子はあまり詳しい事情を話したくなかったので、事実関係だけ話して、間を置くように紅茶を口にした。
「同年配の女性が一つ屋根の下に……何か問題でも起こった?」
「私の思い違いかもしれないから」
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