迷いながら揺れ動く女のこころ

篠田さんは「私はブレンド」続いて美代子が「アールグレイの紅茶、お願いします」と言うと、篠田さんが「山形さんは渋いのね。紅茶派ですか?」

「そうなんです。イギリス資本の船会社に勤務していたものですから、自然と身に付いてしまったの」

「外資系の会社だったんですか。だからどこか垢抜けしていらっしゃると思っていました。ところで事務所はどちらに?」

「東京の丸の内です」

「なるほど。英語なんかペラペラなのでしょう?」

「そんなことないですよ。何とか意思疎通が出来る程度です」

美代子は自分のことより、篠田さんのことがもっと知りたくて話の方向を切り替えて、「篠田さんは先ほど、ご主人との会話も少なくなってきた、とおっしゃいましたが、ご主人は帰宅が遅い方なんですか?」

「総務関係の仕事と聞いていますが、中身はよく知りません。しかし会社の職制で四十歳ぐらいになると、中堅社員で責任も重い仕事をしているらしく、会社の中で上司などとのお付き合いで、毎日帰宅は十時過ぎでした。決算の関係で四半期毎の月末から月初が忙しい時期で大変みたい。本人はお酒が飲めないからお付き合いも辛かったと思います。

若い時は共稼ぎで、私が外に出て働くことに対して、文句を言わなかったのですが、自分が管理職になり、稼ぎが少し良くなると妻を家に縛り付けたくなるという領分はどういうことなんですかね。私の勤務がシフト制で、二人の休日がずれていることが気に食わなかったみたい」

「子供さんがいないことで、接着剤の役目が欠如していることも一因ですか? でも、恵まれないのは仕方ないことですよね」と篠田さんに同情した。

「結婚当初は、お互い若いから二人だけの生活に何も不満は無かった。でも数年が経つと、何かが足りないと感じるようになったね。恋愛感情が薄れ、生活にほころびが目立つようになった。山形さんの所はどう?」

「私たちの場合は、お見合い結婚だし、初めから恋愛感情抜きでスタートでしたから」

美代子はこれ以上、自分たちの生活に踏み込まないで、と言う気持ちで篠田さんの次の言葉にヒヤヒヤしていた。そして篠田さんが自身の続きを話し始めたので、ほっとした。