「無風状態のような期間が何年か続いた時、私も仕事が面白くなってきた頃で、主人が希望するように仕事を辞めて家に入ることは毛頭考えていなかった。だから夫婦とは名ばかりで、会話が無く同居人のような暮らしが続いたの。
別に夫婦喧嘩しているわけでもなく非生産的な日々を送っていることに疑問を感じ、このまま年月を過ごすことに不安を感じたの。丁度、そんな時、偶然友人に紹介されたある講演会に行ったの。『生きる』というテーマだった。一度しかない人生を悔いのない生き方をしてこそ幸せだと理解出来た。
その後、しばらくの間自分なりに過去、現在、未来を冷静にトレースしてみた。そして結論として、私の方から夫婦関係を解消したいと申し入れたの。それが丁度二年前ね。私の我がままだから、主人に何も要求しなかった」
「ご主人は受け入れたの?」
篠田さんは美代子の質問に対して、即答を避けて、少し眉間にしわを寄せて絞り出すように「全ては私の身勝手なの。夫婦間が冷めきっていたから、一つの屋根の下で生活する意味を見出せなかったから、お互いが束縛されずに自由になるのが幸せじゃないかと考えた」
「それで」
「彼も、仕事を続けるという私の性格を知っていて、お互いに残された人生が長いから好きな道を歩もう、と言ってくれたの」
「その時の決断は、今思うと、正しかったですか? 夫婦の間では会話の時間が大事ですね」
「私も決断するまで、気持ちが揺れ動き、鉛筆で書き損じた文章を消しゴムで消すように何度も気持ちを書き直した。その時が一番つらかったね」
「分かるような気がする」と一言言って、窓の外に視線を送った。多分自分の今の気持ちに重ね合わせていた。
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