イダも随分とこの青年に馴染み、また自分が大切に繋ぎ止めてやっているその命に愛(いと)おしみを感じるのだった。
「寿命がないのが私の最大の弱み。いずれ事が動き出したとしても、だらだらと時間をかけられれば私はどうすることもできません。その手があることは知られたくない」
身繕いを整えながらシルヴィア・ガブリエルはイダの提案を事もなげに切り捨てた。
「あのバルタザールをお前どう思う? あれはちょっと辛辣な物の言い方をする奴じゃが、なかなか頼りになる男だぞ。奴隷の身分から拾い上げられたのは何もあいつの見てくれが良かったというだけではない。カザルス殿は目の利くお方でな、あれの並々ならぬ資質を見抜かれて我が子のように傍に置いておかれるのよ。
あいつは勘が鋭い、人をよく観察する賢い男じゃ。あの切れ者を敵にまわすか味方につけるか、それで事は大きく変わってくるぞ。ここで動く時にはあれほど頼りになる者はおらん。あいつのことだ、放っておいてもそのうち何かを嗅ぎつけてくるじゃろう、な、悪いことは言わん、あいつを味方にせい」
イダは親身な言葉をかけた。
「彼は以前にも私に片棒を担がせろと言ったことがあります。多分仰る通り、既に何かを嗅ぎつけているのでしょう。あの人を味方にできたら、それは私もどんなに心強いことか。でも、あまりにカザルス様に近い人間なので警戒するんです。カザルス様は特に……」
シルヴィア・ガブリエルはそこでふっつりと言葉を切った。
「ああ、儂も詳しくは知らんが、あの方はちょっとギガロッシュとなると敏感になられるようじゃ。 何かわけでもあるのか?」
シルヴィア・ガブリエルは、何か思いを巡らせたまま貝になる。イダは仕方がないとそれ以上聞くのを諦めた。
【前回の記事を読む】「あの者が今日から行方不明になりました」イダの顔がはっとこわばった。「お前、まさか……」
次回更新は11月17日(日)、18時の予定です。