「お父さん、あたしも知らないわよ、そんなの」
父の説明を聞いて姉の文香が割ってはいる。
「これは、橋口家の男子だけに先祖代々引き継がれている、いわば秘伝の儀式なんだ。おまえが知らないのは当然のことなんだ」
「何よそれ。それじゃあ、あたしが結婚して子どもを生んでもそんなことしてくれないというわけ?」
「それは、おまえの嫁ぎ先にそのような伝承があるかどうかってことだろ? おまえはその家のしきたりに従えばいいんだ。それより何よりおまえは早く相手を探すべきじゃないのか?」
姉はほっぺをぷっと膨らませて、わかりやすく不満の意思表示を行う。このしらけた雰囲気を何とかしようと思ったのだろう。義父が祝いの場らしくほろ酔い口調で言う。
「そういうものなんですか。まあ、いずれにしてもこの子が元気に育ってさえくれれば、わたしたちはそれに越したことはありませんから。陽菜、しっかりお願いして来るんだぞ」
「お父さん。ちょっとお酒が入り過ぎじゃないの」
呂律がおかしくなりかけの義父を、義母がたしなめる。
「こんなめでたいときに酒を飲まずにいつ飲めというんだ。まあ、ちょっとペースを落とすかな」
それから陽菜が部屋を出て行き、しばらくして戻ってきた。真っ白なドレスを着ていた。
「陽ちゃん、それも儀式用なの? なんとなく明治の貴婦人って感じだね」