第三章

一年一組

僕は急いで学校に戻った。私服のまま学校に入るのに躊躇したが、緊急事態だ。職員室で待機していた先生に事情をざっと説明する。授業をサボったこともこのような事態にお目こぼしになった。さすがに私服のままはよくないと、学校からジャージを借りて着用する。上下別人の名前が書かれたジャージだった。目立ってしょうがないが、私服よりはいい。

先生曰く、すでに体育館に生徒たちが集められて、今回の事件の説明がされているとのことだった。しかし一組だけは樹先生の担当クラスで関わりも深いことから先に事情聴取されているらしい。僕は他のクラスメイトたちのいる教室に向かうように言われて、廊下を走った。

外の雨脚が強くなっていた。日の光さえ雨雲に吸収されたのか、採光の設計がされているはずの教室が、照明さえ消されて、廃墟に紛れ込んだような気分になる。それも水族館の廃墟だと思うのはさっきまで、水族館の近くにいたからだろう。雨音に包まれている廊下に僕の上靴が床を蹴る音が響いていた。廊下の先に唯一明かりがこぼれている教室がある。それが一年一組だ。教室が見える位置に着くと足音を忍ばせた。

壇上では岩室先生が四十がらみの見知らぬ男性を一人、後ろに侍らせていた。男性は中肉中背の、取り立てて特徴のない容姿だった。その目元は和ませようとしているのか優しげに見えるけれど、その奥で鋭い光を放っている。明らかに教師ではない。母の自殺を思い出す。あそこにいるのは間違いなく刑事だ。

窓からあちらが見えるということは僕もあちらから見えているわけである。男性の目がわずかに鋭くなった。岩室先生が僕に早く教室に入るように手招きする。生徒の数人は振り返って、僕の姿に目を丸くする。その中には秋吉も含まれていた。僕は教室に恐る恐る入る。

「君は?」

「ひゃい。僕は月島翼です」