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しんとした病院に響くナースサンダルの音。T字の廊下に出ると左の突き当たりのドアの上に赤いランプが点(つ)いていた。手術中─。亜美はランプの下のこのドアが決して開かないとわかっていた。
ドアの向こうで声がした。
「亜矢」
お父さん?
それは確かに雄一の声だった。
「約束したじゃないか」
すがるような声。
「約束したじゃないか亜矢」
閉じられたままの目。
「目を開けてくれ」
どんなに呼んでもその目は開かない。
「頼む、逝(い)かないでくれ」
その時、小さく聞こえていたピッピッピッピッという音がカーンカーンというアラーム音に変わった。
「亜矢! 死ぬな亜……」
雄一の声が途切れた。不意に亜美の心が叫んだ。
お母さん!
両手に力を込めて呼ぶ。
お母さん!
開かないドアに向かって亜美の心は叫んだ。
お母さん、私を置いて行かないで!