自傷行為という行為はもちろん、その名称すらその時の私は知らなかった。とにかくやるせないひどい気持ちを、自分の身体を傷つけることで憂さ晴らししたかったのだ。それはきっと、ひどい気持が飽和状態になって溢れだした結果なのだろう。
そこへ彼が戻ってきた。私を彼の実家へ連れていくと言う。空きっ腹に大量の薬を飲んだ私はフラフラで、歩くのもやっとだった。
のろのろと歩く私を、彼は演技でもしていると思ったらしく、「さっさと歩け!」と怒って小突いていたが、私はもうそれどころじゃなかった。薬を飲んだことは隠さなければいけないから正気を保たなければいけない。
意識が遠のきそうになるが、必死で目を開けて車の助手席に乗っていた。そして彼の実家に着いた途端、私はひどく吐いたが、飲んだ薬は一錠も出てこなかった。おそらく全部吸収されたのだろう。
この気分の悪さからいつ解放されるのだろうと気が遠くなった。気分が治るまで元気な振りをし続けないといけないからだ。
でも、だんだんとボロが出始めた。お昼ごはんにと出前を取ってくれたが、手が震えすぎてお箸すら持てず、一口も食べることができなかった。
そして彼は私が悪くて喧嘩をしたと義母に訴えていたが、次第に私の言うことが支離滅裂になり、会話が成り立たなくなってきたようだった。
ずっと起きてはいたようだが、その辺から私の記憶はほとんどなくなっていった。そのまま慌てて病院に連れていかれたようだった。
次に目覚めたのは、病院のベッドの上だった。
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