第一章
7
「私、探偵を使って調べたの。河合のケータイの中身も全部見た。あなたとのやり取りもね。あなたと君島良美が、あいつとラブホテルに入っていく写真も全部持ってる」
今日子は口を押さえた。気分が悪い。
「苦しいでしょ? でも、あなたに人のこととやかく言う資格はないわよね。あなたも、私と娘に同じことをしてるんだから。『好きになったら仕方がない』んでしょ? あなたたちの常套句じゃないの。『好きになったら仕方がない』、『気持ちは止められない』、『好きになった人にたまたま家庭があっただけだ』。よく言うわよ。自分がやられたらギャーギャー騒ぐくせに。ふざけんじゃないわよ」
今日子は席から立ち上がろうとしたが、体がふらつき、すぐに腰を下ろした。
「雨水さん。よく聞きなさい」
紗栄子は感情を押し込めるように言った。
「娘がリストカットしたの。あの男のせいで。私の可愛い娘が死のうとした。私を傷つけたことは仮に許せたとしても、娘を傷つけたことは絶対に許さない。あいつが憎い。殺してやりたいくらい憎い。だから離婚はしない。死ぬまで後悔させてやりたい」
やめて。もうやめて。今日子は喘いだ。苦しい。息が苦しい。
「雨水さん。あなたは娘に恨まれてるわよ。他のどんな女よりね」
息が止まった。言葉の意味がよく理解できない。頭の中が混乱する。
「あなたは私や娘とは全然違うタイプなの。あの娘にはそれが憎たらしい。それに、あの人はあなたとつきあい始めてからほとんど娘と話さなくなった。だからあの娘はあなたが父親を奪ったと思っている。ねえ、雨水さん。あなたと君島はやったことは同じでも、あなたの方がずっと罪は重いのよ。いい、覚えておきなさい。一生許さないから。死ぬまで呪ってやる」
大声で罵ってくれた方がよかった。呟くように無表情で言われた言葉が深く胸に刺さった。今日子は声にならない声で「すみません」と言うと、慌てて席を立った。
震える手で千円札をテーブルに置き、逃げるようにして店を出る。紗栄子は追ってこなかった。
ただ、紗栄子の言葉だけがいつまでも脳裏から離れなかった。死ぬまで呪ってやる。
街を彷徨い歩いた。稽古に行く気にはなれなかった。当てもなく歩く。
紗栄子の言葉が蘇る。
娘がリストカットしたの。死のうとした。あなたも同罪よ。死ぬまで呪ってやる。