「え、夫人もこちらの別宅に?」
巽は少し身構えた。教授の妻は賑やかな小石川の本宅を好み、不便な別宅になど居たためしはない。
「ええ。お母さまも巽さんにお会いしたいのでしょう」
「う……緊張します」
「ふふ。さあどうぞ」
弥子が観音開きの玄関戸を開ける。その瞬間、重く湿った空気と微かな悪臭が屋敷から流れ出てきた。
(……!? なんだこの臭いは)
魚とも違う得体のしれない臭い。しかも屋敷の中は明かりが灯っているのにやけに薄暗い。
「こちらよ、巽さん」
弥子は臭いも暗さも気にならない様子で、先に立って歩いていく。
「あ、あの、……っ!?」
廊下の窓からさっきの楠が見えた。その枝でやはり使用人の雅子が首を吊っている。
赤黒く汚れた前掛けとスカート、空洞の眼窩から涙のような血の痕まで今度ははっきり見える。
「や、弥子さん! あの木の所……」
ところが前を歩いていたはずの弥子が見当たらない。
「大変だ、外の木に!」
巽は駆け出して突き当りの応接室の扉を押し開けた。そこはやはり暗く、暖炉の火が部屋の中をチラチラと照らしている。
「弥子さん……、うっ!?」
よく見るとその部屋は応接セットを中心に真っ赤に染まっていた。ソファには狩猟用の散弾銃と、顔部分がほとんど欠損している男の人間らしきモノ。
「まさか、教、授……」