「ありがとうございます。その子を探してみますが、もし何か思い出したら、ここへ連絡をいただけませんか」
深瀬は名刺をカウンターに差し出した。堀田は慌てて濡れた手を拭いてから、それを受け取る。
「それと、夜はあまり出歩かないようにお願いします。猟奇的な連続殺人犯がどこかに潜んでいますから。あなたの想像しているよりも、ずっと近くに」
「脅かさないでください。そんな、映画みたいに」
深瀬の物言いに堀田は肩をすくめた。しかし、深瀬はぴくりとも笑わなかった。
「この土地で、新参者は目につきすぎる。あなたも、私が入り口から入ってきた時に異分子だと思ったでしょう。見ない顔だ、雰囲気の違う男だと。そして今この街をウロウロしているなら警察関係者に違いないと」
「ええと、それが普通だと思いますが。警察の人が目立つと、よくないってことですか?」
違います、と堀田の質問に深瀬はぴしゃりと答える。
「秋吉家三人を殺害した犯人は、この十燈荘に住む人間ということですよ」
藤フラワーガーデンの店長、堀田まひるは、刑事の話にぽかんと口を開けた。まるで思い当たることがない、という表情だった。
三
十三時、深瀬は「十燈荘エステート」と看板が掛けられた二階建てのビルの前に立っていた。藤フラワーガーデンからさらに下った、藤湖の側に立てられた社屋は灰色で、いかにも事務所という雰囲気だった。
駐車場は広く、高級車から軽自動車、中型バス、トラックまで幅広い種類の車両が並んでいる。
深瀬はその一角に車を停めた後、ゆらゆらと入り口まで歩いてチャイムを鳴らした。受付と思しき若い女性が内側から半透明のドアを開ける。
「はい、どちら様でしょうか?」
「静岡県警の深瀬と言いますが」
不健康そうな見た目の男を不審そうに眺めた女性は、警察手帳を見せると、パッと表情を明るくして振り返った。
「社長! 警察だって! 警察の人が来てくれました!」
【前回の記事を読む】十六年前に起こった痛ましい事件「十燈荘妊婦連続殺人事件」。死神のような風貌の刑事は当時捜査に加わっていて…
次回更新は10月16日(水)、21時の予定です。