今、私はとても幸せである。農業をしているという自信と誇り、それに家族がひとつになっているということ。ものすごく素人の言い方で、先生には失礼にあたるのだけど、「手術を成功させてくださってありがとう」。それと、「触らないほうがいいと判断して、腫瘍を残してくださってありがとう」。この気持ちでいっぱいだ。

発作が起きなければ普通の人。私は、定期的に病院に通っている。あの激痛から解放された嬉しさで、病院通いも苦にならない。

元気になった私に、もう一つの楽しみを教えてくれた先生がいる。それは、最近、流行のブログを教えてくれた先生である。私は、生きている証として、これまでのことを書き残しておきたいと、ずうっと思っていた。

ちょうどその時に、農家を対象としたインターネット講習会の案内がきたのだった。「ブログ」のブの字も知らなかった私が、今では毎日の更新がとても楽しみになっている。農業を知らない人たちに、農作業ってどんなのかを教えてあげたい。

農業だけでなく、日々の暮らしの中で何を考え、何を実行しているのかを知らせたい。私自身の人間性と上田農園のすべてがわかるブログづくりに精を出している。

私は、いつ人生のピリオドが打たれてもいいと思っている。何ひとつ後悔がないのだ。お年寄りが「来年も命があったら苗をまた買う」とよく言うのは冗談でも何でもない。本当の気持ちなのだ。

お年寄りも若い人も皆同じだ。来年のことより明日のこともわからない時代になってきている。だから、私は一日を百パーセント満足して生きてゆきたい。

私は、「出会い」にとても恵まれている。夫との出会い・子供たちとの出会い・そしてお友達がいっぱい。忘れてはならない脳神経外科の橋本先生。インターネットの林先生。この人たちに感謝の気持ちでいっぱいだ。

この覚え書きから十五年も経ってしまった。病気のデパートか!と言われる程、いろいろな病気をした。手術も何回かした。そして、そのつど治って生きているのだ。自分でもすごいなと感心する。

令和六年一月一日午後四時十分。能登半島を震度七の揺れが直撃した。

現在、私は二次避難所で元気に暮らしている。もう少し、気持ち的に落ち着いたら続きを書き始めよう。その時まで、おやすみなさい。

【前回の記事を読む】頭で思っていても、言葉に出せない…病院の先生に「ハイ」と答えるのが精一杯だった

本連載は今回で最終回です。

 

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