「凛。……凛?」
何度か名前を呼んだあと、仲山の顔は一気に青ざめた。大きく周りに体を振りながら叫ぶ。
「凛!」
ほんの一瞬気を許してしまった自分を恨みつつ、凛、凛、と何度も大きく声を張り上げる。
「どうかされましたか?」
声をかけてきたのはドリームランド園内のスタッフだ。ハンチング帽を被った大柄の女で、表情は朗らかだった。こんな時に何をへらへらとしているんだと仲山は少しイラついたが冷静に状況を伝える。
「俺の娘がいないんだ、小学三年生の女の子だ。黄色いコートを着ている、えーと、マフラーは」
「つまり迷子ですね、わかりました、すぐに専門のスタッフに伝えますので」
「専門? そんなの待ってられるか、俺の娘だ」
そう言うと仲山は走り出した。まるでかつてのトラウマがよみがえったかのように、体が酷く震える。それでも人ごみを掻き分けて走った。
十二月の東京は気温も一層に低まっていたが、厚手の紺のジャケットをはだけさせ、額に汗を光らせながら走り回った。スニーカーの紐が解けそうだが気にも留めない。その時、アナウンスが耳に飛び込んできた。ドリームランドの園内に電子音が響き渡る。
『東京都からお越しのナカヤマヒデオ様、東京都からお越しのナカヤマヒデオ様。娘様がお待ちです。ドリームアイ正面の搭乗ゲートまでお越しください』
迷子を知らせるアナウンスにハッとした仲山は、ドリームアイの搭乗ゲート方面に進路を変える。
【前回の記事を読む】久しぶりに会った娘は元妻の陰に隠れている。元妻は、「夜迎えに来るから。その時に大事な話がある」と苦しげな表情で…
次回更新は10月6日(日)、20時の予定です。