其の弐
一
骸骨はカラカラと笑い出した。その時の姿を思い浮べると、我ながら笑いを禁じ得なかったのだ。そうして校庭を出ると街の方へと向かった。何故そうするのか自分にも解っていなかった。だが通りへ出ると灯火の洪水で目の奥が痛んだ。それを逃れるように近くの喫茶店に潜りこんだ。それはカウンターにテーブルが三つばかりの小さな店だった。
「いらっしゃいませ」
形ばかりにそう言った口髭の店主はじろじろと骸骨を見回した。席に着くと、カウンターに寄っていた二三の女性客も意地の悪い視線を投げかけた。コーヒーを注文して骸骨はテーブルで身を硬くした。いつもそうなのだ。外では誰も注意を払ってくれないのに、一歩中へ入ると好奇の視線を浴びるのだ。出されたコーヒーに形ばかり口をつけると、そのまま外へと逃れた。
どうしてなのだろう、当たり前の人間は平気で街を歩いている。好きな場所へ行き、気が向けば当然といった顔をして店に入る。それなのにどうして自分はこそこそしなければならないのだろう。どうして身を潜めなければならないのだろう。
本当の姿で街を歩いてはいけないのだろうか。胸の中に何かがふつふつと沸き上がってきた。それは怒りだったのだろうか、それとも哀しみだったのだろうか。頭の中で何かが音を立てて弾けた。
骸骨はツカツカと物陰に入りこんだ。ほんの一時真剣な面持ちであらぬ所を見つめていたが、次いで衣服をかなぐり捨てた。そして腹にぐっと力を籠めると白骨の姿で通りへ躍り出た。その瞬間ちょっと身を固くしたのだが、やがて傲然と面を上げてスタスタと歩き出した。極彩色のネオンの照り返しを浴び、思わずまた身体に力が入った。そうして五十メートル程歩道を進んだが、全く何も起こらなかった。
通りの向こうにはタクシーが群がり、酔っ払いの濁声や女の嬌声が響いていた。こちら側には人影がなかった。大勢の人々が屯しているのは向こう側だけだった。骸骨は夜目にも白々とした姿を見せて五十メートルばかり戻った。やはり何も起こらなかった。何が何だか解らなくなった。人々の悲鳴が上がると思っていたのに、これでは黙殺されたも同然ではないか。
何だか意地になってきた。今度はピョンピョン跳び跳ねてみた。それでも気づいた者はいない。何故だろう、一層訳が解らなくなった。頭の中で何かがぐるぐると廻っているように思われ、眩暈にも似た焦燥が訪れた。それで腕を振ってみたり回してみたり、飛んでみたり跳ねてみたり、自身でも訳の解らぬひょっとこ踊りを始めていたのである。