第四章 波紋

錦秋県では、フルグナの暴民によって県民が殺されたり拉致されたり、暴力をふるわれたり、商店や民家が略奪されたり、木が勝手に伐採されたりしているということだった。

雉斉政府が弱腰できちんと対処しないため、フルグナの暴民は図に乗って、狼藉はどんどんひどくなっているという。

演説をしている人はほんとうに怒っていて、「政府は錦秋をなんだと思っているのか。このまま見捨てる気か!」と叫んでいた。そのとき後ろの方で、「政府が動こうとすると、妨害する人たちがいるんだよ」という男の人の声がした。

それに対して、別の男の人がなにか言ったが、その声は、演説している人の、「いまの錦秋は、一年後の豊殿だ」という声にかき消されてしまった。

ほんとうに、戦争になるのだろうか。戦争になれば、敬明は出征することになるのだろうか……。

わたしは人だかりを離れ、考え事に気をとられながら歩いていたが、高価で大切な薬を持っているということは、しっかり意識していた。

そのため、いきなり後ろから、「資本家の走狗(そうく)!」という怒声を浴びせられ、腰を蹴られても、とっさに踏ん張ることができ、倒れることはなかった。

わたしが後ろをふり返ると、いかにも貧しい身なりの、艶のないパサパサの髪をした小娘が逃げていった。

……あの小娘かその家族はおそらく、ひどい所で働かされているのだろう。それで誰やらに、金持ちがいるからこんなにつらい目にあうのだ、などと吹き込まれ、城屋を労働者を搾取する悪の組織と思い込み、わたしのことを、金をもらってその手先になった裏切り者、とでも思っているにちがいない。