「だれか知っている人がいるかもしれない」「輪島弁が聞けるかもしれない」などと思いながら、行ったものだ。そのわりには、隠れるように遠くから眺めていたりした。
そのうちに、自分は田舎育ちだということが恥ずかしくなくなった。どうしてだろう。雑誌や駅などで、「石川県」という文字を見つけると妙に懐かしい。「私はここの出身です」と言いたくなるほど嬉しい。これは、私が田舎を離れてみて初めてわかったことで、全く想像もしていなかった気持ちの変化だった。
就職はもちろん、貿易会社である。タイプが思う存分に打てたし、外国からのお客さんの接待にも興味があった。時には買い物に付き合ったりして、毎日が充実していた。おまけに週休二日制の残業なしときているから最高だった。
アルバイトも出来たし、習い事もいくつかできた。そんな時の農家の跡取りとの見合い話だった。
「私が受けるわけないじゃないですか」
「自分でお断りしてきます」そう言って会社を出てきた。
ところが、彼と会って話をしているうちに、次第に彼の魅力に引き込まれていった。彼には農業への夢があった。当時、田んぼの中に五棟のビニールハウスがあった。十年後には、この辺をハウス団地にして、「上田農園」といえば誰もがわかるくらいに発展させるという夢だった。
農業にも夢があるなんて、思いもしなかった。彼の熱弁には、都会の男性にはない何かを感じた。野菜と話をしながら仕事をしている。野菜の気持ちがよくわかる。なんて不思議なことを言うのだろう、と思った。
「この人といっしょにいると楽しそう」なんと、私はこんな理由で結婚を決めてしまった。人生が楽しいことは、とても重要なことである。結婚になくてはならない条件のひとつだと思ったのだ。
こうして農業大好き人間と農業大嫌い人間との縁談は成立したのだ。それからが大変だった。てっきり断るとばかり思っていた両親の驚きは想像を絶するものだった。会社の同僚も同じだった。しばらくは言い訳の日々が続いた。