愛しき女性たちへ

ある晩、事業の基本構想について所轄の役所の担当者との打合せが終わり、区切りとして関係者六人ぐらいで飲んでいたが、気が付くと二人で四谷のバーで飲んでおり、そのまま大人の関係になった。

記憶が無くなるくらい酒を飲み過ぎることはたまにあったので、どのような経緯で二人きりになったのか、どうしてホテルに行くことになったのか覚えていなかったが、秀司はあまり気にしなかった。

奈保子は記憶を無くすことは無かったが酒好きで、酒が入ると気持ちがおおらかになりこの晩のようなことになったのだった。

秀司も若かったので、多少の酒でもオトコとして少しは役に立ったらしい。

奈保子は中一の娘と公務員の夫と暮らす三人家族で、生活や仕事に特段の不満も無かったが、大学の同級生で初めての男だった夫と二十三歳で結婚し、二年後に長女を出産してから十三年間、仕事と子育てに追われ続けて気が付けばアラフォーでオンナを磨くこともデートでワクワクしたり緊張したりするような世界を知ることもなく過ごしてきた。

だが建築の世界は大好きだ。男の職場などといまだに言われることも多いが、奈保子は気にしない。

ヘルメットをかぶり、頑固な職人の話を聞いたり仕事ぶりに感心したり、左官の親方から仕事を教えてもらった時には自分の体力の無さに腹が立ち、猛然と筋トレを始めたこともある。

負けず嫌いだったのだ。

現場の職人たちも最初は若い女の監督など見向きもしなかったが、奈保子の熱心さと真面目さに段々心を開き、仕事を教えてくれたり注意してくれたりするようになるのだ。

そして奈保子の一番の強み。それは酒好きだということ。

現場事務所で、或いは帰りに職人の親方たちと飲むのが大好きで、だから事務所での書類仕事やパソコンを駆使する仕事より現場に出る方がよほど自分らしくいられるのだった。