自分が自由であり、自分で選択した生き方していることを確かめた。もう大丈夫だ。帰ろう。ママちゃんのいる場所へ。私は一人で海に来ることができる。多分、新しい仕事もいつかははじめる。自分を生きることができる。自分の人生を選択できる。そして今の状態は自分が選択したものであり、これからもそうやって生きていくのだ。
いつかはママちゃんがいなくなる。介護は子育てと違って終わりがわからない。今日かもしれないし三十年後かもしれない。そしていつかは私もいなくなる。もうどちらが先かなんてわからない。ママちゃんの記憶障害がもっと進んでしまったら、施設に預ける日が来るかもしれない。
「預けてしまえば」という人たちもいるが、私は働いて現実を知っているだけに、施設が天国じゃないことを知っている。だからできるだけ自由に生活させてあげたい。もしかしたらそれは私のエゴかもしれないが。それと同時に、私もできるだけ自由に生活したい。
自由とは何だろう。時間や環境的な自由ももちろん必要だ。しかし根本的には心の自由が大切なのではないだろうか。心が自由であれば環境的に制約されたとしても行き詰ることなどないのではないか。
させられている、ではなく、してあげている、ではなく、一緒に過ごす。愛おしいから。それでいいのではないだろうか。それが家族なのではないだろうか。太陽の光と波の音は、私の心を少し軽くした。
帰りの電車で窓から飛行機雲を見つけた。それを眺める。ちょっと眠い。心が柔らかくなり、体が少し重い。少しだけ寝よう。そして地元の駅の駐車場に着いたらママちゃんに電話するのだ。
「今駅に着いたから。これから帰るからね。今日はおうどん作るから、待っていてね」
日常に戻る。
【前回の記事を読む】高次脳機能障害の母と共に歩んだ14年。倒れるまで働いた母を、今度は私が支えたかった。
本連載は今回で最終回です。