晴子の母親からの手紙を読んで、わたしはあることを決意した。城屋の工場や寮のことについて、世間に真実を話そうと思ったのだ。晴子の遺族だけでなく他の遺族たちも、ミホと由香李の嘘に苦しめられているかもしれない。

それになにより、亡くなった同僚たちが貶(おとし)められているのが、我慢ならなかった。みんな、それぞれの人生をせいいっぱい生きていたのに、ただ会社に搾取されるだけの奴隷だったように言われて、ほんとうに腹が立った。

わたしは真実を他の新聞か雑誌に話そうと思い、霧坂のおばさんの家で、そのことを敬明に相談してみた。敬明は、積極的には賛成しなかった。

「俺は沙茅が言ってることがほんとうだと知ってるけど、世間はそうは思わないかもしれないよ。逆に沙茅の方が疑われたり、蒐優社側がなにか仕掛けてくるかも」

それでもわたしは引かなかった。わたしと敬明は、こたつに座って話し合った。

「この前、『告壇』には関わらない方がいいって、言ってたよね。あれはなんなの?」

敬明は眉をひそめた。

「『告壇』は、以前はフルグナや全統主義を批判する記事を、けっこう載せてたんだよ。それが三年ぐらい前から、そうした記事は一切出なくなって、逆に、やたらと称賛する記事を載せるようになってさ。

フルグナはみんな平等で貧しい人もいなくて、労働者が明るく働いているすばらしい国だって書いてるんだけど、それは真っ赤な嘘なんだ」

「あー、やっぱり嘘だったんだ」

「そりゃそうだよ。そんな国、現実にあるわけないだろ」

敬明は笑いながら、こたつの上にあったみかんを手に取り、わたしにも渡してくれた。

「全統主義は理念は立派だけど、フルグナでは独裁政治の手段になってるんだ。全統党っていうひとつの党が、国家を支配する形になってる。いくつもの党が集まって国家を支えてるんじゃなくて、国家の上に党があるんだよ」

「……」

わたしにはよくわからなかったが、とにかくひとつの党が好き勝手にやってるんだろう、と理解した。

「全統主義に反する考えは認めない。社会や経済は完全に統制されていて、国民も徹底的に監視されてる。密告制度もある。

そこらじゅうに党のスパイがうようよしてるんだけど、見張ってるのはそいつらだけじゃない。いつ、誰に密告されるかわからない。

ほんのひと握りの特権階級がとんでもなく贅沢な暮らしをしていて、あとはみんな奴隷。いや、特権階級にいるやつらも、いつ逮捕されたり、殺されるかわからないから、そういう意味ではみんな平等なのかも」

【前回の記事を読む】悲惨な事故を利用して首相を陥れ、まったくの嘘で遺族を苦しめる、卑劣な、顔のない何者に対してわたしは猛烈に腹が立った。

次回更新は8月24日(土)、11時の予定です。

 

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