愛しき女性たちへ
二
客と懇意になり、店を通さずに金銭を受け取る関係になることを「裏引き」といい、重大なルール違反だ。店の了解を得ずにそれをしてバレた場合、多くはクビになり、他の店でも働けなくなることも多いらしい。
客はホステスの個人営業先であると同時に、店の客でもある。
売り上げはホステスと店の折半が基本なので、同伴して店にお金を落としてもらうのがルールだ。店を通さないでサポートしてもらう「裏引き」はホステスにとって魅力的に感じるかもしれないが、それをするのは素人、ということになるらしい。
そのようなリスクを負ってでも大人の付合いをしても良いと思う相手は、よほど惚れるか、金持ちで長期的にパパになってくれる男ということなのだろう。或いはママの了解を得るか、個人的な付き合いに加えて気前よくお店にも顔を出すか。
秀司にはもちろんそんな甲斐性は無いが、少々無理してたまに幸恵と会い、「モナミ」に同伴する。今夜も秀司は承認欲求を満たされたのだった。
秀司が華やかな世界にいる幸恵の美しさに憧れる一方、幸恵自身は案外孤独だった。
十年以上夜の世界に身を置いて、美人で気立ても良く所作が洗練されていることから幸恵のファンとなった紳士の客が多くいるが、幸恵が思う幸せはなかなかここでは掴めそうもない。故郷には戻れない事情があり、自らの勝ち気な性格を銀座のオンナらしくベールに包んでいる。
幸恵は和歌山の出身だ。父親が乱暴者で、酒に酔っては母親を叩いた。酒を飲まなければ幸恵と姉を可愛がってくれたが、外でちょっと気にくわないことがあると酔って帰り、家でも飲んで母親を叩いた。
姉と幸恵は古くて建付けが歪んだ襖の隙間からその恐ろしい光景を見て、耳を塞いでその時間に耐えたが、そのうち二人で家の外に出て嵐が収まるのを待つようになった。