「大丈夫、心配ないよ。一昨年の人間ドックでも所見はなかったし……」と言ったものの、心臓は高鳴っていた。再び名前が呼ばれ、診察室に一緒に入っていった。

MRIの結果を映し、医師から出た言葉は、「左胸に悪性の腫瘍があります。腫瘍の大きさは六・七センチほどあります。ステージはⅢの末期です。ここでの治療は無理なので、大きな病院を紹介しますが、どこかリクエストはありますか?」だった。

「特にありません」と千恵が返答した。軽度の病状であり、直ぐに治るだろうと思っていたため、他の病院を紹介してもらうことになるとは思いもしなかった。

医師は、都内の有名な病院を紹介してくれた。千恵も私も、その病院は知っていた。私は、大きな病気をしたことがなかったため、腫瘍に関する知識もなく、その時は、悪性の腫瘍が何を意味しているのか分からなかった。医師はがんとは言わなかった。

病院帰りの車の中、お互いに無言だったが、千恵が重い口を開けた。

「これから、どうしよう? 彩ちゃんも受験前だし、病気のことは黙っておくことにしましょう」

今までに、ほとんど病院に通ったことがなかった私は、その場の雰囲気を察し、悪性の腫瘍ががんであることを確信した。

娘を小学四年生から塾に通わせ、中学受験が二カ月後に迫っている。がんという病気の知識がないとはいえ、自分の母親が乳がんと知ったら、どんなにショックを受けることだろう。

「そうだね」と間をおいて、返答した。少なくとも試験が終わる日までは黙っておくことにした。