知らないのも無理はない。結婚式は身内だけで済ませたのだから。

「そうなんですよー。主人がどうしても、って言うから」

「やだーお父さん。ありえるぅ~」

若葉が茶化(ちゃか)す。

「だからお母さんのほうが強いのね」

美保が横から口を挟んだ。

「あら、白百合先輩もいたんだ」

気づくなり千香子はつれない態度をとった。

こうなるのがわかっていた俺は、美保に会ったことをあえて伏せていた。

千香子は中学時代、赤星先輩に好意を寄せていたのだが、赤星先輩と美保が付き合い始めたと知るや、彼女を逆恨(さかうら)みしたからだった。

俺は千香子と同じクラスだったので、本人に直接聞かなくとも、千香子が美保を嫌っているらしいということは容易にわかった。

未だに根に持ってるとはねえ……俺は呆れると同時に、千香子が田舎暮らしを嫌がった一番の理由は美保と顔を合わせる恐れがあったからでは?かと思った。

一方、美保はこめかみを掻き、どうしたものかと視線を投げてきた。俺は片手を顔の前に出し、ごめんなさいの仕草をする。

「パパー、アイスクリーム食べたい」

蘭の言葉に、渡りに船とばかり美保は乗っかり、「わたしも」と赤星先輩の腕をつつく。

「じゃあオレも食べるか」

赤星先輩は微笑んで蘭の手を握り、思い出したような顔つきになると、ジャンパーの内ポケットに手を突っ込み、紙切れを差し出してきた。

俺は受け取り、「なんです?」と四つ折りの紙を開いて見た。その瞬間「えっ」と目が点になった。

「面白そうだろ」

赤星先輩が意味深な笑みを浮かべた。

「アイドルやろうぜ。今度はマジで」

耳打ちし、赤星先輩が去っていく。後ろ姿のまま「もう応募したからな」と逃げられないようなダメ押しを言って。

「応募って?」

千香子に質問されたが、俺はスルーした。とてもじゃないが恥ずかしくて言えない。

妙な胸騒ぎというのは、本当はコレだったのだ。翌日から俺は、ジョギングを日課とすることに決めた。

――アイドルやろうぜ。今度はマジで。

この発言を意識して、何がなんでもアイドルになりたいと思ったからジョギングを始めたのではない。近いうちに赤星先輩から「練習するぞ」と声がかかり断れないことを想定し、体力をつけておこうと思ったのだ。

もちろん家族にはそんなこと言えないので、「再就職へ向けての体力作り」と嘘をついた。

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