お嬢様の崩壊

二〇一一年二月

もうすぐ三月になるという寒い日。派遣会社から電話がかかってきた。

「急なのですが、三月から短期でホテルの勤務をお願いできませんか?」と言う。

「え、ホテルですか。」勤務地を聞くと湾岸地域にあるビジネスホテルだった。

「それは、ちょっと遠いので……」と断りかけたが、今断ったら次はないかも、と思い直し思わず、「やります」と言ってしまった。

「では、明日面談がありますがいいですか」と言われて行くことになってしまった。

翌日、ホテルの近くの駅で担当者と待ち合わせ。自宅から時間を計ったらなんと片道一時間四十分もかかった。

職場はフロントの裏のバックヤード。電話を受けて端末に入力したり書類を作ったりする事務なのでできそうだと思った。華やかな場所だし、黒スーツで勤務というのもいい。ここまで通えるかと少し不安だったが、繁忙期だけという約束なので受けることにした。

早速三月から勤務が始まった。駅に着くと、ふんわり海の香りがする。風が海風なので都心の空気とは何か違う。仕事は楽しかった。湾岸地域はテレビ局が多いので、近くでドラマの撮影をやっていたりする。

ちょうどしずかが勤務し始めた日に、ホテルの中庭で人気ドラマの撮影をやっていて、有名な俳優たちを間近で見ることができた。

(わーテレビで観る通りだ)と興奮して仕事が手につかなかったが、そんなことにもそのうち慣れて、顧客の中に有名人がいても驚かなくなった。

ホテルは基本がシフト勤務なので、朝、昼、夜と時間が様々で、スタッフの名前をなかなか覚えられなかったが、同じ部署の人たちは親切で、居心地がよい職場だった。

職場にも少し慣れてきた金曜日。

昼の休憩から戻ってきて席についてまもなく、午後二時半を過ぎたころ、突然足元に衝撃が来た。すごい音とともにぐらぐらと辺りが揺れ始め、しばらくしてから地震だとわかった。

事務所の上司が「これは大きいぞ、みんな外に出なさい」と声をかけた。慌てて我さきにと出口へ向かうが、足元が揺れてふらふらする。壁につかまりながら歩いて中庭に出ると、ホテルのお客さんたちも飛び出していた。

しずかは周りの名前も知らない従業員たちと、すごいですね、怖いですね、などと声をかけあいながら呆然と立ちすくんでいた。

ふと上を見ると、ホテルの建物がゆらゆらと横に揺れていた。そんな光景は初めて見た。現実とは思えなかった。足元の揺れは止まらない。ひどいめまいがずっと続いているようだった。恐ろしかった。震えが止まらなかった。