ハナが首を大きく振(ふ)り回したときに、ヤギが振(ふ)り返ったのです。その瞬間(しゅんかん)、ヤギの首元に牛の角が当たりました。
ヤギは振(ふ)り飛ばされて、宙(ちゅう)を舞(ま)ってドタッと倒れました。角が引っかかったところが裂(さ)けて、ヤギの首から真っ赤な血液 (けつえき)が溢(あふ)れています。
一瞬(いっしゅん)の出来事に、おじいさんは少しあわてて、おばあさんに、「針(はり)と糸を持ってこい!」と叫(さけ)びました。
「ダメかもしれんが、やってみるか」とおじいさんは、白い木綿糸(もめんいと)を針(はり)に通すと、ヤギの喉元 (のどもと)の傷(きず)を縫(ぬ)い始めました。
ヤギは大きな傷(きず)から溢(あふ)れ出る血でショックだったのか、気を失ったのか動きません。少し経(た)つと、ヤギが気がつきました。麻酔(ますい)をしていないので痛(いた)かったに違(ちが)いありません。
しかし、暴(あば)れもしないでじっと手当の間、耐(た)えていました。おじいさんは手を血だらけにしながら、一生懸命(いっしょうけんめい)に針(はり)を通して糸を結んで、血が溢(あふ)れ出る傷口 (きずぐち)を塞(ふさ)いでいきました。
黒牛のハナは、「悪いことをした」と思ったのか、じっと固(かた)まっていて不思議な時間でした。
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