第一部
六男 八郎 ── 親愛なるわが父
武則と忍を養子にする話は、恵介兄の意向があったからだが、嫂さんは、本当にそれがあの子たちのためになるのだろうかと迷っていた。
しかし、自分が辻堂で二人の子の面倒を見ながら育てていけば、いずれ子供たちの将来は開けていくだろうと思ったのは事実だ。力がないばかりに恵さんの助けを借りるしかなかった自分は、男として何と情けないことか。
恵さんは、嫂さんに「九州に帰りなさい」と言った。そんなことはさせない。何とかしなくては。しかし、自分には一銭も金がない。恵さんからは仕事の必要経費や家計費はもらっていたが、給料はもらってはいない。
好きな酒を呑むのも、ときどき忠司兄と銀座に出かけるのも、家計費から自由に使っていたから困ることはなかったのだが。
恵さんから今までの給料をもらおう。静岡にいる戦友の小久江に相談して、静岡で嫂さんと誠司や廣海が暮らせるように考えなくてはならない。
これからが本当の自分の出番だ。しっかりと嫂さんを支え、誠司と廣海の教育をきちんとしよう。それなら政二兄も認めてくれるだろう。
恵さんには今までずいぶん世話になったが、自分の気持ちを理解しようともせず、嫂さんが私を誘惑したと決めつけるのはおかしい。
恋愛や結婚をしてこなかった恵さんには、この自分の気持ちを理解してはもらえないのだろう。映画の中では、愛ゆえに苦しむ人間の心を、あんなに上手く表現しているというのに。