おーい、村長さん

兄は村に住み始めると、地元の人たちと親しく交流をするようになる。林業の人、農家の人、キャンプ場の人やバスの運転手さんとも友達になった。村祭りや花火大会にも進んで参加した。とにかく村の暮らしを楽しみ、村の人たちと仲よくなって皆さんから信頼されるようになっていた。

前回の村長選挙のとき、候補者がいないという話になった。以前の村長は病気で亡くなり適任の候補が全くいないという状況だった。村にとっては一大事である。そのとき、たまたま役場の中にある喫茶店に兄・正一が入っていくと

「あー。正一さんだ。正一さんしかいない」

という声が上がった。そのとき、初めて声をかけてくれたのは白髪の村役場の職員さんとスーパーの社長さんだった。兄はかなり驚いたが村の皆さんの声を聞き、悩みに悩んで村長に立候補する決意をしたという。

結局、兄・正一しか立候補者がなく無投票で日野多摩村の村長に当選したのだ。

その当時、私はバイトで忙しく兄貴とはほとんど話せていない時期だった。姉から聞く話は知らないことばかり。話を聞きながら、今回の私と状況が似通っている。これにも双子ならではの不思議な縁を感じていた。

「じゃあ、ゆっくりお休みなさい。元村長さん」姉は静かに部屋から出ていった。

少しベッドの上に座ったまま、しんみりと兄のことを思い出していた。

一緒に駄菓子屋さんにお菓子を買いに行ったり、図書館に行ったりした。区民プールで溺れそうになったときに兄が助けてくれたこともあった。遊園地で迷子になったときも必死になってさがしてくれたこともある。懐かしさがこみ上げてきた。ふと隣の兄の部屋に入ってみようと思った。中学の頃は勝手に部屋に入ると「なんだよ」って後ろから何度も怒られたこともある。

部屋は、まだ兄貴が元気だったときの状態そのままだった。まだ兄が「ようっ」といってどこからか出てきそうな雰囲気がしていた。缶ビールを持ったまま兄の机のところに来てイスに座ってみた。何か忘れかけていた懐かしい感覚だ。缶ビールを飲みながら兄は何を思い、何を考え、何を感じて日野多摩村・村長の話を受けたのだろうかと想像してみた。