雄大な山やゆったりと流れる川。そして村の人たちのやさしい笑顔が思い出された。イスに座ったまま目を閉じると、私はそのまま眠ってしまった。
すると、夢の中に兄が出てきた。二人ともTシャツに半ズボン姿の小学生だった。二人で駆けっこをし、鬼ごっこをし、キャッチボールをした。それから二人並んでソフトクリームを食べた。口の周りがベトベトになった私を見て兄が笑っていた。兄が突然、「山に探検に行こうぜ」と言い出して急に走り始めた。私は「うん」と言って兄の後ろを追いかけて走った。
二人ともかなりの距離を走ったと思う。もう汗びっしょりでヘトヘトになっていた。到着した場所でゆっくり景色を眺めてみると、どこかで見かけたような場所だった。四方を山に囲まれていて、川が静かに流れ、小鳥が楽しそうに飛んでいる。立派な滝まである。
そこは日野多摩村だった。ずっと毎日見てきた景色が眼前に広がっていた。そして夢の中の兄は私のほうを見つめながら嬉しそうに笑っていた。
翌日、再び私は電車とバスに乗り、日野多摩村を訪れた。「村長」ではなく、一個人として。
太陽の光が心地よく空気もいい。山の緑が目にまぶしい。すべてがやさしく迎えてくれる。時折、見かける村の人たちも穏やかないい笑顔をしている。雄大な自然の中に身を委ねていると心の底から安らぎを感じる。静かに流れる川の音や鳥のさえずりが聞えてくる。山の中に一人立ち、じっと瞳を閉じて、心静かに気持ちを確かめる。
まるで何十年もタイムスリップをしたような村。もともと人は自然と共に暮らしてきた。どこまでも生活が便利になっていくけれど、人々の心の中ははたしてどうなったのだろう。人間本来の姿というものを忘れてはいないだろうか。人はまるで地球を征服したかのように振る舞うけれど、はたして本当にそうなのだろうか。高速道路やビルを建てることばかりが正解とは限らない。
自然を大切にする心。その精神がこの村にはある。
【前回の記事を読む】亡くなった双子の兄。何かあると、兄は必ず自分を助けてくれていたことを思い出した…