おーい、村長さん

「それでは、商店街の葛西会長からお話があります」青山助役が改まって大きな声を出した。

葛西会長は一つ大きく咳払いをして、姿勢を正すと改まった顔になりゆっくりと話し始めた。

「では、単刀直入にお話しします。これから新しい村長選挙が行われます。そこで、お兄さんの後援会のメンバーで次の日野多摩村の村長候補について何度も何度も話し合いを持ちました。あらゆる検討をし、その結果、権田原正二さんに立候補をお願いしたいのです」

深々と葛西会長と青山助役が頭を下げた。青山助役は、今回ばかりは悪代官の目ではなく真面目な眼差しをしている。

「え、私がですか」

「はい。権田原正二さん以外にふさわしい候補が他にいないのです」

葛西会長が真剣な顔で私の両手をグッと握る。隣の青山助役も、しきりにうなずいている。

「いや、いや。もう無理でしょう。影武者はなんとかやり遂げましたが、もうこれ以上はできませんよ」

「権田原さんならできますよ。村長の代理を立派にやっていただいたではないですか」青山助役も簡単には引き下がらない。

私はうなだれた。「影武者」ならばなんとかできた。それも兄・正一がいてこその「影武者」だった。

しかし、本物の村長に立候補することとは全く話が違う。そもそも私は大学にも行っていない。そのうえ、現在はフリーターである。そんな人間が村長に立候補することさえ憚られる。村長としての決意も抱負も何もない。日野多摩村を将来こうしたいといったプランも全くないのだ。

この後、数時間、葛西会長、青山助役と徹底的に議論した。

葛西会長の話によると、村長候補について、青山助役や会計責任者の赤坂さんは、もう高齢で村長の仕事をするには厳しいという。この村はとてつもなく広く年輩者も多い。反対に仕事盛りの人は、皆都心へ働きに行ってしまっている。だから適任者がいないという。

そこで、私「権田原正二」の名前が浮上した。年齢も四十五歳。先日までの「影武者」の経験もあり村長の業務を十分理解している。よって、すべての状況を考慮し、「権田原正二」に村長選挙に立候補してもらうしかないという結論になったという。

それに加えて「一番の決め手になったことは役場を訪れるおじいさん、おばあさんが『次も権田原さんの弟さんが村長さんになってくれるといいね』と皆さんが口々に言われるんですよ」

青山助役が村の人たちの声を教えてくれた。

「小さな村を助けると思って、ぜひお願いします」葛西会長は再び頭を下げた。

「私、青山も一村民としてお願いします。後援会はお兄さんと同様に葛西会長を中心にやっていただけることになっています。あとは、権田原正二さんがウンと言っていただければ後援会で選挙の準備はすべていたします」青山助役も深々と頭を下げた。

あまりにも真剣な二人の「お願い」だった。私は無下に断ることもできず二、三日考える時間をくださいと伝え、この日は新宿の実家に一旦帰ることにした。