実家に戻ると、さっそく自分の部屋でゴロリと横になった。影武者をやり終えたという満足感と心地よい疲れが眠気を誘い、ウトウトしかけたときだった。誰かが勢いよくふすまを開ける。

「あら、元村長さん。お疲れですか」

姉の恵子が、ずかずかと私の部屋に入ってきて、ベッドに座り込んだ。姉は缶ビールを二本持っていた。プシュッと缶ビールを開けながら、少し色が焼けたようなアルバムを開き、ページをめくるたびにパリパリという音が部屋に響く。

「今日は一人にしてよ。ゆっくり考えたいことがあるんだ。ずっと忙しかったし」

「そうよね。ゴメンゴメン。ただ今日はちょっとだけ話をしておきたいことがあるのよ。ほら」

もう一本の缶ビールを渡してくれた。あの口やかましい姉が今日はなぜだか、しおらしく見える。

「じゃあ、どうぞ」

たまには姉の話を素直に聞いてみる気持ちになった。「子供の頃は、あんたたち二人はいつも兄弟ゲンカしていたよね」姉が懐かしい写真を見ながら話し始めた。

「いつも俺が負けてた」

「そうね。正二はケンカに負けてよく泣いてたわよね」かわいい写真を見ながら姉はクスクスと笑う。

「でもね、あんたに何かあると正一は絶対助けに飛んで来てたわよ」

私が友達とケンカをしたり、イジメられたりしていると、確かに必ず兄は助けに来てくれていた。兄が私の代わりに殴られてくれたこともあった。

「正一は、ああ見えて案外あんたのことを心配してたんだからね」兄が使っていた隣の部屋を見つめながらしみじみと話す。

姉は兄・正一が日野多摩村の村長になった経緯についても話してくれた。七年ほど前のこと。兄は当時付き合っていた女性と日野多摩村のキャンプ場に遊びに行った。初めて行った日野多摩村の大自然にいたく感動していたという。

日野沢の滝に行き道の駅に立ち寄った。そこで人懐っこい村の人たちの姿に触れて、村が大好きになった。それ以来、兄はヒマさえあれば日野多摩村に遊びに行くようになる。村があまりにも好き過ぎて、とうとう五年前に移住をした。

とにかくこの村の大自然がいい。気候もいい。食べ物も美味い。村の人たちがやさしい。兄は生涯、日野多摩村に住み続けると決めていた。

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