多少変な形や手触りのものならいいが、芋虫やバッタなんかのゲテモノだったらたまらない。手がかりを掴もうと、仕事について質問したが教えてくれることはなかった。
「チルアウトってどういう意味ですか」
「脱力とか、まったりするって意味」
店を出ると、ぬるい風が流れていた。日が沈んでもアスファルトや建物が熱気を放ち、朝でも夜でもない時間が停滞している。
じゃあどうすると聞かれ、どうしましょうかね、と聞き返す。歩いて帰ることもできる、なんて冷静に考えられるくらいには、彼への興味は薄れつつあった。
理想の相手こそ、理想でとどめておかなければならないのだろう。写真に魔法がかかっていたのなら解くべきではなかったのだ。今日はどうあがいても笑い話にしかならない日なんだと受け入れたところで、手を繋がれた。
「俺はなんの仕事してると思う?」
通りに向かって進み出す。
「先生って呼ばれる職業」
彼は昆虫のように細い腕を伸び縮みさせた。その動きに上半身を振り回されながら考える。
「弁護士とか?」
「いいや」
「じゃあ医者?」
違う、と彼は少し悔しそうに言う。
「中学校の教師」
英語のね、と最強の札を切ったようにつけ足した。
私は、シュウジなのに英語の先生なんですねとか言ったが、ここでは割愛させてもらう。彼は通りかかったタクシーを止めると、スムーズに乗りこんだ。
「近所のラブホテルまで」
少し気恥ずかしそうに言う彼を、運転手がミラー越しに一瞥する。三人の視線が交錯し、この運転手とこういう関係になる日が来ないことを祈った。
嘘の写真を送ったり職業を直前まで隠したりすることで、シュウジさんなりに自分をよく見せようとしたのかもしれない。会えばすぐにばれる嘘をつく思考は理解できなかったが、メスの気を引くために体の色を変える昆虫のようで、少し親しみを覚えた。
これから二人きりになった時、彼がさらにどのような変貌を遂げるのか、今はそれだけが楽しみだった。
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