奥会津の人魚姫

(4)

この日の長山町は、普段には珍しいくらい、蒸し暑くてとても寝苦しい夜だった。なかなか寝付けなかった鍛冶内だったが、乙音が置いていってくれたとっくりの酒を飲んで、寝床に横になってあれこれ考えているうちに、気が付いた時にはもう障子から朝の光が射し込んでいた。

「あれ、君は昨日の……」

交番の内側で見つけた警官の顔に見覚えがあった鍛冶内は、思わず大きな声を上げた。制服に身を包み、いかにも警察官然としているその男は、昨日鍛冶内が鶴の湯で会ったあの若者ではないか。

「ああ、昨日はご馳走さまでした」

そう言うと、鍛冶内を交番内へと招き入れてくれた。

「自分は田辺(たなべ)といいます。28歳妻子持ちであります」と、茶目っ気ある口調で名乗ると、お茶を用意して鍛冶内の前に置いてくれた。

「警官だったとは知らなかったよ。確か旅館をやってるとか…………」

「旅館は実家で営んでいます。昨日、自分は非番だったもので、失礼いたしました」

「君のような警官がいるんだと、長山町も安心だね」

「恐縮です」

そこで鍛冶内は考えた。この男になら自分のこと、この町に来た経緯、千景から頼まれたことなどを話しても構わないのではないかと。へたに隠せば自分の態度に怪しさが生まれ、相手にかえって警戒感を抱かせることになるかもしれない。

隠すことにより失うもののほうが大きいという判断をした鍛冶内は、秘密にしてほしいと千景に頼まれた「奥会津の人魚姫」以外のことをすべて、これまでの経緯ごと包み隠さずに、田辺に話して聞かせた。

「そうでしたか……。千景さんはそんな心配を。正直自分にも守秘義務がありますので、すべてをお話しできるかはわかりませんが、事件性がないと本署で解決済みにしている件ですし、千景さんの力にもなりたいので、協力させていただきます」

鍛冶内は内心ほっとしながら、自分が振ったサイコロの目が良い結果を出してくれたことに満足していた。これで謎が解けるかはわからないものの、少なくともこれまで鍛冶内が知らなかった事実が、田辺からもたらされるかもしれない。

「ありがとう、田辺くん…………」

「田辺巡査とお呼びください」

まっすぐな目でこちらを見る田辺に苦笑いをしながら、鍛冶内は言葉を続けた。