街灯の下を並んで歩きながら、スーツの下の腕を想像した。がらにもなく人のフォローなんてしたのは、善人ぶりたかったからではない。私は現時点でいくつもの倫理を破って様々な人を傷つけているのだろうが、できることなら救いたいと思っていた。

彼がいつか枇杷のように誰かの手で剥かれる日が来た時、傷は一つでも少ないほうがいいのではないだろうか。

つま先が鉄のシャッターに突き当たって、顔を上げた。洋菓子店は明かりを消し、きれいに戸締りがされていた。時刻は二十二時を回っていたので当然かもしれない。次いで、降っても降らなくてもいいような弱い雨も降りだした。

小雨の中で布地が激しく擦れる音を聞きながら、慣れないことなんてするものじゃないなと、諦めたのだった。

私の行く店はよく潰れるので、目的地にたどりつけないのは日常茶飯事だ。まさかこの洋菓子店も店じまいしたわけではないだろうと油断していたが、後日行くと本当に看板を下ろしていた。

小学校風居酒屋には潰れてもらっては困るが、もしそうなった時には別の店を探しはじめるのだろう。

今日は、家のすぐ下の居酒屋で待ちあわせをしていた。人気のない道で背後の店だけが明るく、時おり車のヘッドライトが身体を通過していく。

シュウジという三十六歳の男性と会う約束をしていた。

彼は写真の中で、車のハンドルに手をかけて憂うような視線をこちらに向けていた。その姿にデジャヴを覚えたのは、会社のとある先輩に似ていたからだろう。

小太りで体格がよく、髪にパーマを当てて、目が細く、口ひげを生やしている。そういえば毎朝乗る通勤電車で似た人を見かけるので、そうしたファッションの系統がこの世にあるのかもしれない。もしくは、そうした特徴を持つ男性の姿が、無意識のうちに印象づくようになっているのか。正直に言うとタイプだった。

そして、彼はSだと言った。先日は男性に手錠をかけてでも主導権を握ろうとしたが、そう言われると意思がくるう。抱かれたいわけではないと自分に言い聞かせながらやり取りを続けていたが、数時間前、今から会わないかと連絡があった。

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