曽我兄弟、継父の元で育つ 兄九歳・弟七歳
「本当にそんなことを考えているのなら、すぐにも諦めておくれ。壁に耳ある世のたとえ。鎌倉殿の寵臣である祐経殿を討とうだなどと――、そんなことを考えていると、世間に知られたら何とします。決して、決して、仇討ちなどと穏やかでない言葉は、二度と口にしてはなりませぬよ。
それに……二人とも、曽我殿の迷惑になることはやめておくれ。祐親殿の孫であるお前たちを、このようにかくまってくれる曽我殿。どれほどの御恩を受けているか、お前たち考えたことはおありか。
くれぐれも曽我殿に、恩を仇で返すことだけはなりませぬよ」
――こうした母の言葉に対する、二人の反応は実に対照的だった。
一萬は白い顔をしおらしくうなだれて、何も言わなかった。叱られると、黙ったままうつむいて、顔を赤らめるのがこの少年の癖で、彼は弟以外には決して本音を語らない。
一方、剛情者の箱王は、なかなか一筋縄ではいかない。謝るどころか、真っ向から母にたてついた。
「母上は訳の分からぬことをおっしゃる。乳母がでたらめなことを言ったんです。わたしは知りませんよ」
叱られても、平然とふてくされて横を向いていた。
とった行動は真逆だが、兄弟の考えていることは同じだった。
「母上は我らの味方になって下さらぬ。我らの父、ご自分の夫が殺されたというのに薄情なことだ。構わぬ。我にはそなた、そなたには我がおれば……。お互いさえおれば、どんな難儀にも耐えられよう。
よいか、仇討ちのことは、かまえて秘密にせねばならぬぞ。家人にも乳母にも、母上にも気取られてはならぬ。人前では決して口にしまい。すべて、二人だけでやるのだ」
まだ互いに十歳にもならぬ二人には、自分たちの命が危険にさらされていることなど、現実として理解することなどできなかった。
が、自分たちが仇討ちを考えていると、大人たちがまなじり裂いて怒る、ということだけは身に染みて分かったようだ。それから、兄弟は人目をはばかって、仇討ちのことを口に出すことはやめた。
本心を口にするのは、二人きりの時だけ。夜、床の中でひそひそと密談する。あるいは野や林の中で話し合う。
――しかし、しょせんは九歳と七歳の子供の行動。周囲の大人の目を、完全に誤魔化しきれるものではない。
常に心にあるから、自然、態度にも出る。