第三 雑歌の章その三

(はな)(かんばせ)

元々、明るく元気で活発な子供だった梨花を変えてしまったのは突然訪れた最愛の父親とのあまりにもあっけない別れだった。

それは梨花が小学二年生になったばかりの頃のこと……。

その日もいつもと変わりなく家族で幸せに溢れる朝食をとっていた。

「お父さん、帰ってきたら一緒に人生ゲームしてね。仕事頑張ってね、いってらっしゃい」と笑顔で父親を送り出したのが、美月家の愛別離苦(あいべつりく)の始まりとなった。

自宅近くの大通りで二台の車の衝突事故が起こり、そのはずみで一台の車が歩道を歩く帰宅途中の父親を直撃し全身打撲と出血性ショックの状態で病院に運ばれる途中、救急車の中で息を引き取ってしまった。警察からの連絡で急いで病院に駆けつけたが、その変わり果てた姿に母娘は絶句して涙も一瞬止まるほどだった。

それ以来、梨花は外出せず言葉も少なくなり笑顔も見られなくなった。

毎日楽しみにしていた小学校も一か月ぐらいは行きたくないと駄々をこねた。

梨花は物心ついてから父親が家にいると常に纏わりついて離れずにいた。

「リカは大好きなパパのお嫁さんになるから、リカが大きくなるまで結婚しないでずっとずっと待っててね」と言うのが梨花の口癖になっていた。


※一 花の顔とは花のように美しい顔。

※二 愛別離苦とは仏教の八苦の一つで、愛する人と別れる苦痛や悲しみのこと。

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