庭師と四人の女たち

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耀子と彩香は、ハンカチで頬や額を拭いながら、葡萄棚の下の椅子に、腰をかけた。

彩香ちゃん、あんなにマス江さんに言われても、ぜんぜん怒ってないんだから。性格が良すぎるのよ、あなたは、と、しゃがみ込んだ睦子はつぶやいた。

葉を透かして、金色の光線が差し込んでくる。

「どっこい、しょっと。フーッ。やっぱり暑いね、外に出ると。……ほんのたまァに、新宿だの渋谷だのに行って疲れてくると、あたしは昆布茶を貰って、ここの庭で、ボーッとするんだよ。やっぱり、アスファルトばっかりで土や植物がない場所は、年寄りにはしんどいわ」

ちょっと距離を置いて、マス江が石の上に腰を下ろした。

「そうか。もったいないわねえ、このままにしておくの。発想次第で、いろいろ有効活用できる空間じゃない」と黒崎耀子。

「つまりさ、有能な参謀、ブレインがいなかったわけね、いままで」

睦子はちょっと、侮辱されたような気がした。店主の自分に知恵がなかったと言われたも、同然だ。

「このジャングル、なんだか探検してみたくなっちゃう」

ようやく元気を取り戻したらしい彩香は、ねじれたような葡萄の幹を、指でなぞった。ジャングルではないでしょう、と睦子は口を尖らせた。最近の子は言葉を知らない。

「そんな広くは、ないわよ。でも欅の木の脇に小さな池があるわ。半分、草叢に埋もれているけど」

「ほとんど、巧まざるビオトープって感じ。なるほどねえ。ここがあたしのマンションの裏庭になるわけか。店内ばかりで、ちゃんと奥まで見たことはなかったわ。西側が、袋田さんのアパートね」と耀子。

「ああ、そうだよ」マス江はそっぽを向いたまま「それがどうかしたのかい」とでも言いたそうな、気のない返事をした。

どうやら老婆は、若くて生意気で、気の強そうな黒崎耀子を、ひそかに仮想敵国に想定しているらしい。

「あ、コガネムシ」

葉山彩香は、葡萄棚の端を指さした。

やたらに底の厚いサンダルを履いているため、彩香の背がいちばん高かった。実際の身長は、耀子と彩香は同じぐらいだ。彩香のおでこの上の葡萄の蔓の先端には、小さな髭と脚をもじもじささせている金具のような昆虫が、不安定にひっかかっていた。

昆虫は、短いアンテナのような黒い髭を動かしていた。葉の隙間を透かしてきた日光に、金緑色の背中が照らされて、鮮やかに輝いた。

「それはただのカナブンだよ」と睦子ママ。

「最近の子は、自然のことなんて、何も知らないんだねえ」

「何だか動くエメラルドみたい」

彩香は生まれて初めてその昆虫を見るかのように、いつまでも葡萄棚の天井を、不思議そうに見上げていた。