第一部 銀の画鋲

「ふたつの訃報」

教会に向かって僕は走った。全速力で走った。

風は冷たくて、空の色は天使が降りてきても不思議じゃないほど無垢だ。

青にゴールドの光の粒が降り注いでいる。島から秋が飛び去っていこうとしていた。

乾いた静けさが教会の門扉を抜けた僕を包んだ。奥さんがいなくなっただけで、こんなに静けさを感じる。

カトリーヌは牧師さんの食事を用意しているところだった。窓から中を覗く僕をカトリーヌは招き入れた。

「また、会えたね、リュシアン」

カトリーヌの目と声が澄み切っていた。鍋をかきまぜながらカトリーヌは僕を見た。

「今から言うことをよく聞いて」

「倒れている奥さんを見つけて、しばらく私放っていたの。そしたら牧師さんが来た時には死んじゃっていた」

「私が見た時は奥さんは生きていたよ。必死な顔で私のほうに手を伸ばしてきたんだ」

「殺したのは、私だよ」

「あの時、すぐに牧師さんを呼んだら奥さんは助かっていたかもしれない。でも、私、足がすくんで、一歩も動かなかったし、声も出なかった」

「牧師さんを連れて戻った時にはもう手遅れだった」

「私、たぶん、刑務所行きだ」

これを「未必の故意」という。僕はアルレーのミステリーにこれとそっくりな場面があったのを思い出した。

「この食事を牧師さんが済ませたら私、警察の人に話すよ」

僕はこの「未必の故意」の本当の犯人を知っていた。

カトリーヌじゃないんだ。

どうしたらこのことをカトリーヌに伝えることができるのか、僕は考えた。

集中しろ、リュシアン。

お前はブラック・リュシアンなんだ。