実は、この母の態度の豹変には、時代の移り変わりがある。将軍源頼朝が日本の兵馬の権を我が手に握った鎌倉時代。頼朝は武士どもの間で、仇討ちの連鎖が止まないことを遺憾に思い、一つのふれを出したのである。

「仇討ちは許さぬ。親の敵といえども勝負を決することなし。さようのことする者あらば、斬首とすべし」

これまで、武士たちの間では親の仇討ちは誉(ほまれ)であり、それこそ日常茶飯事に行われていたことだった。だからこそ、満江も「仇を取って下され」と、あの時は願ったのだけれど――今の時代では、仇討ちは頼朝への謀反となってしまう。

そうとも知らずに、幼心に固く仇討ちを決意している曽我兄弟。

母の苦悩は言うに及ばず……。

「ああ、どうしたらよかろう。こんなことがよそに知られて、あの子たちが捕まってしまったら ……。ただでさえ謀反人の末の二人、必ず殺されてしまう。ああ、仇討ちなどどうでもいい。無事に命を長らえてくれさえすれば……」

まこと、母の心としては無理からぬこと。満江は何としても二人を説得し、仇討ちを思い留まらせなければと思い悩むのだった。

一方、立ち聞きされたとも知らず、まだ庭で遊んでいた兄弟。突然奥の部屋へ呼び出されて、「何か叱られるようなことをしたかしら」と浮かない顔。……正面に座る母の顔色はすこぶる悪い。特に、叱られる心当たりが多い箱王はうろたえた。

「母上、障子を破いたのは、わたしや兄様じゃありませんよ。よその子供が入ってきて……」

と、ぬけぬけとウソをついたが、

「障子のことなどではない!」

と、母はピシャリとやっつけた。箱王は思わず縮み上がって首をすくめる。

「いいですか、よく聞きなさい。お前たち、祖父御前の伊東祐親殿のご最期はご存知か。祖父御前はご立派な方だったが、鎌倉殿(頼朝)に恐ろしいほど憎まれて、無惨にも打ち首となったのですよ。お前たちは、その孫です……。謀反人の孫です。

鎌倉殿がお前たちのことを聞いたなら、首も足ももいで殺してしまうかもしれない……。そこのところをよく考えて、よくよく身を慎みなさい。もう絶対に、館の外へ出てはいけません。遊ぶ時も、門の中でだけ遊びなさい。とりわけ箱王! そなたは気が荒うてなりませぬ。兄を見習いなさい」

こう一息に言ってから、母はおもむろに低い声で、

「……二人とも、側に寄りなさい」

と、手招きした。呼ばれた兄弟が膝を進めると、母は四方を見回し、人のないことを確かめてから

「お前たち、父の仇討ちを企んでいるとはまことか」

と、突然核心を突いた。兄弟は内心ギクリとするも、顔色を悟られまいとして、とっさに目と目を見合わせる。

【前回の記事を読む】雁が飛ぶのを見て嘆く兄。「鳥ですら家族揃って共に飛ぶのに…」【歴史小説】