「あっ、何か失礼なことを言いましたか」
私は慌てて小出美夜子に言いました。
「いえ、皆さん本当に優しくしてくださるので、期待を裏切ってはいけないなと」
初めて来た職場での緊張が美夜子を少し神経質にしていたのかもしれません。しかし小出美夜子に心を奪われていた私はその涙にすら彼女の純真さを感じ取り、この人は自分が守るのだという使命感さえ覚えていたのです。
一週間の研修を終え金曜の夕刻に事務所に戻って来た刑部所長も、わずか三日でメンバーに馴染み、テキパキと仕事をこなしている小出美夜子を見て、驚きと安堵を感じたようでした。
「いい人じゃないか。初めての面接であんな人が来てくれたとはラッキーだな」
そして、
「しばらくは女史と一緒にやってもらうのだろう?」「仕事の流れを見てもらうためにも最低一ヶ月はペアでと思っていましたが、この調子ですともっと早く独り立ちできそうです。取り敢えずは来週いっぱい二人一緒にやってもらって、あとは田沼さんのご家庭の都合を見ながら、週に一~二度でも出てきてもらって補足してもらえれば」
「なるほど、いい流れになりそうだね」
満足げな所長の様子を見て、私も初の大役を終えた達成感でいっぱいでした。美しいだけでなく仕事もできる。加瀬久美子と似ていると言えば似ていましたが、言葉ではうまく説明できない決定的な違いが二人にはありました。この時にはまだそれが何なのかわかりませんでしたが、その違いこそ私が小出美夜子にのめり込むことになった要因だったのです。
第二章 進展
週末になりました。
停滞していた迷走台風がとうとう進路を定め、速度を速めて大型化し、和歌山県に上陸するとの情報の中、土曜日は県内のゴルフ場で接待がありました。雨はまだ本格的ではなかったので、所長と私、取引先の幹部二人の合計四人で、雨の中なんとかプレーを終えましたが、自宅に戻ると携帯に《ぱるる》の春子さんから着信が入っていました。
《聖月夜》の作者について、何かわかったのだろうか?
はやる気持ちで私がかけなおすと、春子さんはすぐに電話に出ました。
「ああ佐伯さん、今大丈夫?」
「すみません、昼間ゴルフで電話に出られなくて」
「あたし、ついに思い出したのよ。例の、月がどうとかいう詩を投稿した記者さんの名前」