聖林寺

山門から三輪山が望まれる。三輪山には、JR東海のキャッチフレーズ「人は山に神を想う。山は人と神を結ぶ。」*で知られる大神(おおみわ)神社がある。このフレーズは心に残っていて、いつか大神神社を訪ねてみたいと強く思う。

 

拝観受付の女性は気怠そうにしている。体調でも悪いのだろうか。国宝を預かる寺は気苦労が絶えないと聞くが、一日にここに訪れる人もほんの数人だろう。

本堂には本尊子安延命(こやすえんめい)地蔵菩薩をはじめ、不動明王、毘沙門天、阿弥陀如来、聖観音菩薩など8体の仏像が並び、十六羅漢屛風が立つ。本尊子安延命地蔵菩薩は大和最大の石地蔵という。

回廊の階段を上がって十一面観音菩薩(国宝)の観音堂に向かう。対面の瞬間を迎え胸が高鳴る。

それは堂の中でひっそりと佇んでいた。私は息を吞んだ。目を細めたやさしい面差しに惹きつけられた。

『ぶつぞう入門』(文春文庫,2005年)の著者柴門(さいもん)ふみは十一面観音菩薩を〈抑揚のある衣や柔らかい手の表現に、乾漆の持味が生かされている。優雅さと風格を兼ね備えた、天平時代後期を代表する像のひとつ〉と評する。

観音堂は林に囲まれ、草むらでリーンリーンと鈴虫が鳴く。私一人、静かである。夏の蟬時雨は喧騒であるが、秋の虫の音は静寂さをさらに増してくれる。十一面観音菩薩の前に正座し、しばし時を忘れる。桜井駅へ戻るバスを待つ間、拝観受付の女性の印象が変わっている自分に気づく。気怠さではなく、十一面観音菩薩の里に培われた一つの優雅さなのかもしれないと。

 

今晩の宿は法隆寺門前にある。桜井駅から大和八木駅、平端駅と乗り換え、筒井駅で下車。「王寺駅」行きのバスで「法隆寺前」に向かう。渋滞に巻き込まれ、「法隆寺前」に着いた時はとっぷりと日が暮れていた。

 

今日一日で何体もの仏像を拝んだが、特に心に強く残ったものは何だろう。一つはもちろん聖林寺十一面観音菩薩。もう一つ挙げれば室生寺金堂の仏像群であろう。どの仏像かではなく、平安初期の古いお堂の中に木造の5体が祀られ、その前に十二神将が並ぶ。この全体が醸し出す歴史の風格を感じ入ったのだろう。


*JR東海キャンペーン『うましうるわし奈良「大神神社編(2015年)」』より引用

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